超伝導検出器MKIDを多重読み出しするFPGAロジックの開発
メンバー
- 岐部 佳朗(代表、実働)
- 石野 宏和
- 内田 智久
超伝導検出器 MKID (Microwave Kinetic Inductance Detector) は一つのフィードライン上に複数個の異なる共振周波数を持った共振器から構成されています(下図参照)。これらの共振器は光などの粒子を受けた際に超伝導体のクーパー対が崩壊し準粒子数(Quasiparticles) が増加することで、MKID の力学的インダクタンスが変化します。その変化は共振周波数の変動として現れ、その結果、共振ピークの振幅と位相が同時に変化します。本プロジェクトで開発をしている読み出し系はこれら二つの物理量を測定しています(下図参照)。
また本プロジェクトでは MKID を用いた宇宙マイクロ波背景放射(Cosimic Microwave Background, CMB) に存在する渦巻き上の偏光成分 B モードの測定を想定した読み出し系の開発を行っています。開発した要素技術は(おそらく)他分野でも応用が可能なものになっていると考えていますが、ここでは CMB 観測に耐えうる仕様を備えた読み出し系として開発を進め、それに準じた機能を有しています。
本プロジェクトでは市販の FPGA 評価ボードを用いて複数の周波数を同時に読み出すことができる FPGA ロジックの開発を目標としています。より具体的な達成目標として32チャンネル同時読み出し(Multiplexing = 32)を実装したいと考えています。また「機能・特徴」で挙げている仕様についても満たしているものを制作しております。
→ 現在、上記の目標は達成されており、本プロジェクトでは32チャンネル同時読み出し可能な FPGA ロジックのファームウェアなどを提供しています。
CMB観測に必要な読み出し系の仕様と性能
- 周波数領域での信号多重化
- 1本のケーブルで複数のチャンネル(複数の周波数)を同時に読み出す
- MKID を極低温(0.1 ~ 0.3 K 程度)で動作させるため、ケーブルの本数をえらすことができれば熱流入を抑えることができる
- Sampling Rate > MKID の応答速度
- 一般的な MKID の応答速度 = 10 ~ 100 usec
- ADC/DAC の Sampling Rate に対する要求スペック
- 不感時間のない(極限まで不感時間を減らした)読み出し系
- 幅広い周波数領域でノイズスペクトルを観測したいため
- Offline への転送速度 > 2 kHz
- 測定系は低温アンプ(HEMT)からくる 1/f ノイズ(~ 1 kHz)よりも速くデータを取得して Common mode suppression によってそれらのノイズを低減させたい
本プロジェクトで開発している読み出し系は MKID 上にある共振ピークの振幅及び位相の変化を測定しています。その測定方法には一般的に DDC(Direct Down Conversion)方式と高速フーリエ変換(FFT, Fast Fourier Transform)を用いた方式の二種類がありますが、私たちの開発している読み出し系では比較的ロジックなどの構成要素が簡易な DDC 方式を採用しています。DDC 方式というのは、高周波成分と同じ周波数の局所発振信号を混ぜ合わせて直接低周波成分(直流成分でも可)を取り出す方式で、無線LANや携帯電話などで用いられている復調方式のことです。
実際の測定の流れは以下のようになっています(下図も参照してください)。
- 読み出しボードの DAC から複数の周波数(-60 ~ +60 MHzの範囲内にある周波数)を重ね合わせた波を出力する
- Signal Generator から出力された GHz 帯(MKID では 2~8 GHz 程度に共振ピークがある)の信号と IQ ミキサーを用いたアップコンバートする。これによって MKID に入力される信号は複数の GHz 帯の周波数を持った信号となる。
- アップコンバートされた信号を MKID に入力して出力を得る。このとき検出器の応答によって入力した信号の振幅と位相が変化する。
- MKID から返ってきた信号を 2. の Signal Generator から出力された元々の GHz 帯の信号でダウンコンバートし、MHz 帯の MKID の応答を含んだ信号を抽出する。
- 読み出し系では GHz 帯の信号を受けることが出来ないので、このような処置をしている。
- 読み出しボードの ADC で返ってきた信号を受けて FPGA 内部で信号の処理を行い、振幅と位相の変化を測定する。
読み出し系の開発にはKintex-7 DSP Evaluation Kitを用いています(上図)。また付属されているアナログボードは FMC150 low-pin Count FMC ADC/DAC card(4DSP社製)で、2チャンネルの A/D 変換及び D/A 変換を備えています。搭載されている ADC/DAC などのスペックは以下の通りです。またアナログ信号の入出力には MMCX/SSMC coax connector を用います。
- ADC(TI ADS63P49/ADS4249)
- 2-channels 14 bit A/D converter (LVDS 7-pairs DDR per channel)
- 入力電圧範囲:2 Vp-p (10dBm)
- 入力ゲイン:0~6 dB
- 入力インピーダンス:50 Ω (AC coupled)
- アナログ入力のバンド幅:0.40 ~ 500 MHz
- データフォーマット:offset binary or 2's complement
- サンプリング周波数:up to 250 MHz
- DAC(TI DAC3238)
- 2-channels 16 bit D/A converter (LVDS 8-pairs DDR)
- 出力電圧範囲:1 Vp-p
- 出力インピーダンス:50 Ω (AC coupled)
- アナログ入力のバンド幅:
- 82 MHz 5th order チェビシェフ Low-pass filter
- Slope/Roll-off = -124.9 dB/decade
- Low-cutoff = 3 MHz
- データフォーマット:offset binary or 2's complement
- サンプリング周波数:up to 800 MHz
- Clock Module(TI CDCE72010)
- PLLを用いて ADC/DAC にクロック信号を分配するデバイス
- SPI(Serial Peripheral Interface) を用いた制御
- VCO(Voltage Control Oscillator)
- 周波数:245.76 MHz
FPGA に実装されている論理回路は下図のようになっており、主なコンポーネントは次に挙げるような役割を担っています。
- Ethernet TCP/UDP
- 評価ボードには LAN ポートが取り付けられており、Ethernet TCP/UDP をサポートしています。TCP/UDP は FPGA 上では SiTCP というモジュールで実装されており、UDP を用いた外部からの Slow Control と TCP を用いた高速データ通信(1000BASE, ギガビットイーサ対応)を実現しています。
- DDS(Direct Digital Synthesizer)
- DDS は波形の数値データが格納されたルックアップテーブルを用いてデジタルの sin/cos 波を生成するモジュールです。出力される周波数は Slow Control を開始てい設定することが可能になっています。
- IQ demodulation
- IQ demodulation は ADC からの信号を DDS で生成した sin/cos 波を用いて復調するモジュールで、乗算器と加算・減算器から構成されています。
- Accumulator
- Accumulator(累算器)は IQ demodulation からの出力を積分するモジュールで、 Low-pass filter の役割を担っています。フィルターのカットオフ周波数は 12.288 kHz に設定されています。
本プロジェクトの読み出し系を用いた測定系の一例です。参考にしていただければ幸いです。
投稿論文
- Development of Microwave Kinetic Inductance Detector and their Readout System for LiteBIRD, K.Hattori et.al, Nuclear Instruments & Methods in Physics Research A (2013)(pdf)
学会発表
- 宇宙マイクロ波背景放射偏光観測用検出器 MKID における多チャンネル読み出し系の開発(1)、岐部佳朗、日本物理学会第67回年次大会(関西学院大学)(pdf)
- 宇宙マイクロ波背景放射偏光観測用検出器 MKID における多チャンネル読み出し系の開発(2)、岐部佳朗、日本物理学会秋季大会(京都産業大学)(pdf)
- 宇宙マイクロ波背景放射偏光観測用検出器 MKID における多チャンネル読み出し系の開発(3)、岐部佳朗、日本物理学会第68回年次大会(広島大学東広島キャンパス)(pdf)
- 宇宙マイクロ波背景放射偏光観測用検出器 MKID における多チャンネル読み出し系の開発(4)、岐部佳朗、日本物理学会秋季大会(高知大学朝倉キャンパス)(pdf)
その他
- 周波数領域での信号多重化を用いた読み出し系、岐部佳朗、ワークショップ「宇宙背景放射を含むミリ波・サブミリ波観測のシステム」(岡山、倉敷)(pdf)